心のレジリエンスを育てる心理療法と催眠療法

心理療法

仏教では、「己こそ己の依るべ」と法句経に説いています。
自分を心の支えにできる人は強い心を持つ人だといえるでしょう。
その一方で、仏教は、仏に帰依することも教えています。
自主独立か、心を帰依する対象を持つべきか、わからなくなります。

つまり、依存することそのものが、悪であったり、
善であったりするということではないということなのでしょう。
「依存し過ぎること」「過度の依存」が良くないのです。

たとえば、家族への愛を支えに、
がんばって生きている人にとって、
家族に依存している部分があるというのは事実です。

それは「支えにしている」ということです。
しかし、それが過度になり、行き過ぎるとどうなるか。

もし、不慮の事故や病気で大切な家族を失うと、
たちまち生きる希望を失い、人生がまっさかさまに転落します。
これでは、いけないということです。

依存しすぎる状態や過度の依存にならないためには、
家族や異性を心の支えや生きる支えにするだけでなく、
普遍的信仰心というものを会得しておく必要があるのです。

普遍的信仰心というのは、人生を前向きに見て、
絶対にくじけない心の柱です。
これが心のレジリエンス(強靭性)の本質です。

このような一段高い見地からの人生観がないと、
大切な人を失うことで自分の心の健全さや平常心を
見失ってしまうことになりかねません。

心を救うには、人間を対象とする依存を超える
物事の尺度や価値観をどうしても必要とします。
高次なる存在への心のつながりを回復することが重要です。

人間は裏切ることもありますが神仏(聖なるもの)は裏切りません。
聖なるものと自分という普遍的な尺度をもって生きていると、
人間に過度に依存する必要がなくなります。

依存する気持ちが不要になると、
ほんとうの意味で人を愛することができるようになります。
仏の慈悲、神の博愛に近い愛を人に向けられるようになります。

愛する人を喪失するような体験では、
依存し執着する普通の人も、
依存という名の執着から離れている人も、
どちらも、ひとしく悲しい気持ちになります。

その悲しみにおいて何も変わるところはありません。
また喪失感も感じます。しかし、最大の違いがあります。

普通の人は、そこから人生が真っ暗になり、
回復不可能になることもあるし、
たとえ回復できるにしても相当な時間が必要になります。
メンタル疾患になっていくこともあります。

しかし、依存という執着を離れた人は、
たとえ、一時、苦しんでも、
速やかにそこから脱却して回復していくのです。

魂の蘇生の力、よみがえりの力があるのです。
心のレジリエンス(強靭性)があるということです。

「よみがえりの力」は、物事を神なる目から見て、
魂の練磨や向上、そして因果応報の宇宙の法則の
観点から、解釈できる悟りがあってこそ本物です。

「すべては尊い試練なのだ。」
「すべてはこれを乗り越えて魂を磨くための砥石だ。」
そのように解釈することで喪失を乗り越えることができます。

そして、この前提のある人であれば、
誰かに依存している状態があっても弊害は少ないでしょう。
むしろ、がんばる気持ちを生み出し、好影響を
生み出す場合が多くなるでしょう。

心の中に支えとする根本が普遍的信仰心
であるがゆえに、ほんとうの強さ、
心のレジリエンスがいつでも生まれるのです。
心理療法、催眠療法の到達点もまたこれに限りなく近いと考えられます。

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